同音異義語
「せいし」
あなたは、
どんな漢字を思い浮かべただろうか。
生死。
静止。
製紙。
精子。
青史。
誠志。
聖士。
清史。
成始。
探せばまだまだ出てくる。
・・・で、
あなたは何を想像したのさ‼️🐽
そこ大事だからね。
僕は聞いてないけど。
聞いてないけど、
たぶん今、
「あっ」
ってなった人もいるだろう。
ブヒ🐽
でもね。
実は今日の話は、
その「あっ」から始まる。
同じ「せいし」を聞いた。
耳に入った音は同じ。
なのに、
頭の中に浮かんだ漢字は違う。
よく考えたら謎である。
音は一つ。
意味はたくさん。
日本語って、
なかなか欲張りだ。
一つの音に、
意味をぎゅうぎゅう詰めにしている。
でも、
もっと謎なことがある。
同じ音を聞いているのに、
なぜ違う漢字が浮かぶのだろう。
生死を思い浮かべる人。
製紙を思い浮かべる人。
青史を思い浮かべる人。
精子を思い浮かべて、
ちょっと「あっ」とした人。
僕は見てないけど、
たぶんいる🐽
結局、
浮かぶ漢字は、
その人の中に元々あったものだ。
見てきた景色。
覚えてきた言葉。
最近考えていたこと。
興味のあること。
記憶の引き出し。
それらが、
「せいし」という音を聞いた瞬間に飛び出してくる。
つまり、
同音異義語は言葉の話に見えて、
実は人間の話なのかもしれない。
考えてみれば、
僕らは毎日そんなことをしている。
「頑張る」
という言葉がある。
でも、
その漢字は何だろう。
歯を食いしばる頑張る。
楽しみながら続ける頑張る。
家族のために頑張る。
夢のために頑張る。
同じ音なのに、
中身は全然違う。
「大丈夫」
もそうだ。
本当に大丈夫な時の大丈夫。
心配をかけたくない大丈夫。
助けてほしいけど言えない大丈夫。
諦めた後の大丈夫。
音は同じ。
意味は違う。
まるで人生そのものが、
巨大な同音異義語みたいだ。
だから時々、
会話は面白い。
人は言葉で話しているようで、
実は音で会話している。
そして、
意味はそれぞれが勝手に補完している。
相手の頭の中は見えないからだ。
聞こえるのは音だけ。
だから、
自分の経験を使って意味を作る。
つまり、
人は言葉を聞いているようで、
実は自分を聞いている。
そして、
人生で起こるすれ違いの多くも、
ここから始まる気がする。
「成功したい」
と言う人がいる。
でも、
その漢字は何だろう。
お金を稼ぐ成功。
家族を守る成功。
好きなことを続ける成功。
借金を返す成功。
健康に生きる成功。
全部成功だ。
でも全部違う。
「幸せになりたい」
も同じ。
大きな家に住む幸せ。
小さな家で笑う幸せ。
一人の幸せ。
大勢の幸せ。
静かな幸せ。
賑やかな幸せ。
音は一つ。
意味は無数。
僕は思う。
人生で迷う人が多いのは、
道が多すぎるからじゃない。
音が少なすぎるからだ。
幸せ。
成功。
自由。
夢。
成長。
愛情。
友情。
希望。
僕らは、
たった数文字の音に、
膨大な意味を押し込んでいる。
だから、
同じ言葉を使っているのに、
実は違う場所を目指している。
面白いことに、
迷子になる時も同じだ。
人はよく、
「自分が何をしたいのか分からない」
と言う。
でも、
本当にそうだろうか。
やりたいことが無いんじゃない。
漢字が決まっていないだけかもしれない。
成功したい。
でも、
どの成功?
幸せになりたい。
でも、
どの幸せ?
自由になりたい。
でも、
どの自由?
夢を叶えたい。
でも、
どの夢?
目的地の名前だけ知っていて、
住所を知らない状態。
そりゃ迷う。
カーナビだって困る。
だから人生は、
正解を探す旅じゃないのかもしれない。
自分なりの漢字を当てる旅だ。
誰かが決めた漢字じゃない。
流行りの漢字でもない。
親の漢字でもない。
先生の漢字でもない。
自分の漢字だ。
同音異義語とは、
言葉遊びだと思っていた。
でも最近は違う気がしている。
あれは、
人生の仕組みをこっそり教えてくれていたのかもしれない。
音は同じ。
意味は無数。
だから、
人の数だけ価値がある。
人の数だけ自由がある。
人の数だけ幸せがある。
そして、
人の数だけ漢字がある。
どお?
そんな気してきたでしょ?🐽



正史。
確かに人の数だけ漢字がありますね。言葉って面白いです。
いっぱい食わされそうな書き出しでした😆笑
製糸
。
そしてサムネのドラえもんタイトル感