まだ届いていない光
子どもの頃。
夜空の星は、
どれも「今」光っているのだと思っていた。
同じ夜。
同じ空。
同じように瞬く光。
遠くにあるということ以外、
違いなんて何もないと思っていた。
だから、
「あの星、きれいだね。」
その一言で、
全部を知った気になっていた。
大人になって知る。
星の光は、
今日生まれた光ではない。
何年も前。
何百年も前。
星によっては、
何千年も前に放たれた光が、
長い旅を続け、
ようやく今日、
僕らの目に届いている。
つまり僕らは、
星の「今」を見ているのではない。
星が歩いてきた時間を見ている。
その事実を知ったとき、
夜空は少しだけ広くなった。
それ以来、
夜空を見上げるたびに思うようになった。
目に見えているものだけが、
すべてではないのだと。
その考えは、
いつの間にか、
星だけではなく、
人へ向ける視線にも重なっていった。
ある日、
駅で肩がぶつかった。
相手は謝ることもなく、
足早に去っていく。
胸の奥で、
小さな棘が生まれる。
「感じの悪い人だ。」
その言葉が口に出そうになった瞬間、
夜空の星を思い出した。
あの光も、
届くまでに、
誰にも知られない時間を旅してきた。
人も、
もしかしたら同じなのかもしれない。
僕が今見ているその一瞬は、
長い旅の、
ほんの終着点なのだと。
僕に見えたのは、
あの人の一秒だけだった。
でも、
一秒には、
その人の人生は入りきらない。
眠れなかった夜があったのかもしれない。
誰にも言えない別れを、
今日迎えたのかもしれない。
何度も頑張って、
もう頑張れなくなっていたのかもしれない。
もちろん、
ただ急いでいただけかもしれない。
本当のことは分からない。
でも、
分からないという事実だけは、
確かだった。
人は、
目に映るものを「現在」だと思ってしまう。
でも、
星がそうではないように、
人もまた、
今日だけではできていない。
今の笑顔は、
昨日までの涙かもしれない。
今の沈黙は、
何年も飲み込んできた言葉かもしれない。
今の優しさは、
昔、
誰かに救われた記憶なのかもしれない。
目の前に見えている姿は、
その人が歩いてきた時間の、
ほんの先端にすぎない。
だから、
人の気持ちを考えるというのは、
相手の心を読むことではない。
読めるはずがない。
星の中を覗けないように、
人の心の中も、
外からは見えない。
それでも、
「見えないものがある。」
そう信じることはできる。
思いやりとは、
その想像を手放さないことなのだ。
夜空を見上げるたびに思う。
僕らは、
いつも少し昔の光を見て生きている。
きっと人も同じだ。
誰かの言葉も。
誰かの態度も。
その人が長い時間をかけて放った光が、
ようやく今日、
僕のところへ届いているだけなのかもしれない。
だから、
一度見えた光だけで、
その星のすべてを決めてはいけない。
人もまた、
まだ届いていない光を抱えながら、
今日という空を歩いている。
いつか、
その光が誰かの心へ届く日を、
静かに待ちながら。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございました🐽✨
あなたの感想が、
次の物語を書くエネルギーになります。
コメントやスキをいただけたら、
僕は今日もブヒブヒ頑張れます🐷💪
また、別の物語でもお会いできたら嬉しいです🤝🌙



これってすごい真理ですよね
自分目線で相手の今、目に見えているものだけで物事を判断したらいけないなって思うのと同時に
相手の目線からしたら、自分のこれまでなんて何の関係もなく、相手に今、見えている自分がとても重要って読み方もできる
同じ一つの事実なのに、他人に向けると「優しさ」になって、自分に向けると「厳しさ」になる
チートンめ、なかなか厄介なことを言ってくれるぜ
星の話が、そのまま人へのまなざしにつながる流れが素敵っ!✨ 見えない時間を想像することが、思いやりなんですね…☺️
そんな自分でいたいです。