本気と書いて、マジメと読む。
「もう少し肩の力を抜けばいいのに。」
そんな言葉をかけられたことがある。
言った人に悪気はない。
心配してくれているのも分かる。
それでも、
その一言だけは、
なぜか胸の奥に小さく残った。
肩の力を抜けない人は、
力の抜き方を知らないわけじゃない。
抜いてしまったら、
大切なものまでこぼれ落ちてしまう気がする。
だから今日も、
誰にも気づかれないように、
そっと力を入れ続けている。
その姿は、
不器用だけれど、
とても優しい。
マジメな人は、
約束を守る。
時間を守る。
頼まれたことは、
最後までやり遂げようとする。
「誰かを困らせたくない。」
「期待には応えたい。」
そんな気持ちが、
行動の中心にある。
だから、
人から見れば頑張りすぎに映る。
でも本人は、
頑張っている感覚なんてない。
「やるべきことをやっているだけ。」
その一言で片づけてしまう。
自分の努力を、
一番評価していないのは、
案外、自分自身だったりする。
昔、
一本の竹に尋ねた人がいた。
「どうして君は、
あんな強い風の日でも折れないんだい?」
竹は少し笑って答えた。
「折れないように頑張っているわけじゃないよ。」
「風が吹いたら、
風に耳を貸しているだけ。」
その答えが、
最初はよく分からなかった。
けれど、
嵐が過ぎたあとも、
そこに立っていたのは、
最後まで抵抗し続けた大木ではなく、
風に合わせて何度も揺れた竹だった。
強さとは、
押し返す力だけではない。
受け入れる力も、
立派な強さなのだ。
人も同じなのかもしれない。
本気だから、
休めない。
本気だから、
弱音を吐けない。
本気だから、
人に頼れない。
そう思ってしまう。
だけど、
本気とは、
歯を食いしばることだけを指す言葉ではない。
疲れたと認めること。
助けてと言えること。
一日立ち止まり、
また歩き出すこと。
その全部が、
本気の形なのだと思う。
マジメな人ほど、
ゴールばかり見てしまう。
だから、
ここまで歩いてきた道を振り返らない。
「まだ足りない。」
「もっと頑張らなきゃ。」
その言葉を、
何度も心の中で繰り返す。
でも…
足りないものばかり数えていると、
もう手の中にある宝物まで、
見えなくなってしまう。
今日できたこと。
誰かが笑ってくれたこと。
昨日より少しだけ前へ進めたこと。
それらは、
どれも立派な成果なのに。
夜になると、
街の灯りが一つずつともり始める。
遠くから見れば、
どの明かりも同じように見える。
けれど近づくと、
その一つひとつに違う物語がある。
誰かが今日も働いた灯り。
誰かが家族を待つ灯り。
誰かが夢を諦めなかった灯り。
静かに光るその明かりは、
派手ではない。
街を照らしているのは、
そんな名もない灯火たちだった。
人の本気も、
きっと同じだ。
大きな拍手がなくてもいい。
誰にも知られなくてもいい。
見えないところで積み重ねた一歩は、
ちゃんと明日の景色を変えている。
本気は、
誰かに証明するものじゃない。
競争に勝つためだけのものでもない。
自分が大切だと思うものを、
今日も大切にしようとすること。
昨日よりほんの少し、
誠実であろうとすること。
その静かな積み重ねこそが、
本当の本気なのだと思う。
だからもし、
あなたが自分を「マジメすぎる」と責めているなら、
そのマジメさは、
弱さではない。
誰かを思う優しさであり、
自分との約束を守り続ける強さだ。
焦らなくていい。
派手じゃなくていい。
速くなくていい。
ゆっくりでも、
止まりながらでもいい。
本気と書いて、マジメと読む。
その言葉は、
不器用だけれど誠実に生きる人へ贈る、
いちばん温かい褒め言葉なのかもしれない🐽
最後まで読んでくれて、ありがとう🐽✨
スキやコメントをもらえたら、僕は今日もブヒブヒ頑張れます🐷💪
また次の物語で、お会いしましょう🌙🤝



私も竹のようにしなやかで強くいたいなぁ。きっと、一本軸がしっかりしてたらどんなに風が強くても遠回りしても戻ってこられるんじゃないか、と思いました。今日もいい記事ありがとう😊
ちーとんとん!あなたいくつ?私より確実に年上よ。ちょっと励まされました。ありがとう❣️