指の跡
人は、
自分で自分を作っていると思っていた。
努力して、
考えて、
選んで、
失敗して。
そうやって少しずつ、
「自分」という作品を彫っているのだと信じていた。
けれど、ある日ふと思った。
もしかすると、
彫刻家だったのは自分ではなく、
粘土だったのは自分のほうではないか、と。
生まれたばかりの粘土は、
どんな形にもなれる。
けれど、
自分一人では、
丸くも四角くもなれない。
誰かが触れて、
初めて形が生まれる。
褒められた一言で、
自信という輪郭ができた。
「君ならできる。」
その何気ない一言が、
自分の未来を少しだけ広げた。
反対に、
心ない言葉で、
欠けてしまった場所もある。
何年経っても、
そこだけは少し薄く、
触れると痛む。
それでも、
その傷ごと今の自分なのだと思う。
一人で生きてきたつもりでも、
今の自分を形づくった手は、
思っているよりずっと多い。
親の叱り方。
先生の励まし。
友人と笑い合った放課後。
職場で何気なくかけられた言葉。
電車で譲られた席。
知らない誰かの親切。
たった数秒で終わる出来事なのに、
何年も心に残ることがある。
逆に、
何年も一緒にいたのに、
何も残らない人もいる。
人は、
長い時間で変わるのではなく、
深く触れられた瞬間に変わるのかもしれない。
だから今の自分をよく見ると、
あちこちに誰かの指の跡が残っている。
優しく整えてくれた跡。
背中を押してくれた跡。
乱暴に押しつけられた跡。
涙で柔らかくなった跡。
どれも消えてはいない。
きっと、
消えないからこそ、
今の形になったのだ。
もし、
これまで誰にも出会わなかったら。
誰の言葉にも触れず、
誰とも笑わず、
誰にも傷つけられなかったら。
今よりきれいな自分になっていただろうか。
たぶん違う。
きっと、
何の形も持たない、
ただの粘土のままだった。
傷は、
決して欲しいものではない。
けれど、
傷のない粘土は、
まだ誰の手にも触れられていない証でもある。
だから、
「あの人のおかげです。」
その言葉は、
謙遜でも、お世辞でもない。
人は、
自分だけで自分にはなれない。
誰かが触れ、
誰かに触れられ、
そのたびに少しずつ形を変えながら、
今の自分になっていく。
だから今日、
誰かにかける一言は、
ただの言葉ではない。
それは、
目には見えなくても、
その人の人生に残る指の跡になる。
そして何年か後、
その人が誰かに優しく触れられたなら。
その優しさの形は、
巡り巡って、
あなたが残した指の跡なのかもしれない。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございました🐽✨
あなたの感想が、
次の物語を書くエネルギーになります。
コメントやスキをいただけたら、
僕は今日もブヒブヒ頑張れます🐷💪
また、別の物語でもお会いできたら嬉しいです🤝🌙



チートン、いつも素敵なお話ありがとう😊
チートンらしさが溢れててすごくいいなぁってほっこりする。
チートンのLIVEを聞いて、こうして記事を読んで、自分には何ができるのかなって思う。
粘土ってけっこうしっかり指紋とかのこったりするよね
当時はいやで、ひき伸ばしたりしてわからないような工夫をしてたけど
こういうお話読むとそれはそれで味が出て良かったのかななんて思う
人間、生まれ持ったものってどれだけなんだろう
他者の影響で、形作られた人達が、また違う誰かを作っている
壮大な話になりそう!