人生は、喉を通す技術
人は、一日に何度も何かを飲み込んでいる。
朝ごはん。
コーヒー。
薬。
そして、
「いや、今じゃない。」
この一言が、
案外いちばん胃に届いている。
子どもの頃は、
口が心の出入口だった。
思ったことは、
そのまま外へ飛び出していく。
「なんで?」
「違う。」
「イヤ。」
実に効率がいい。
感情は、
在庫を抱えない商売だった。
売れ残りなんて、
一つもない。
泣きたい時は泣いて、
笑いたい時は笑う。
心は毎日、
棚卸しをしていた。
ところが大人になると、
心は倉庫業を始める。
言いたいことは保管。
悔しさも保管。
怒りも保管。
悲しみも保管。
「また今度。」
というラベルを貼って、
棚に並べる。
その「また今度」は、
だいたい一生来ない。
空気を読む。
顔色を読む。
行間を読む。
沈黙を読む。
既読を読む。
最近では、
「……。」
この三つの点だけで、
小説を一冊書けそうな人までいる。
読解力は上がった。
その代わり、
発言力は喉で渋滞している。
人は成長すると、
言葉を覚えるんじゃない。
言葉を止める技術を覚えてしまうらしい。
飲み込んだ言葉は、
消えない。
「口にしなかった」
というだけで、
退職届も出さずに、
心の中へ勝手に就職してくる。
しかも残業代なし。
休日出勤あり。
退職希望を出しても、
「後任が見つからないので。」
と言って居座る。
ブラック企業より、
よほどしぶとい。
だから夜になると、
急に昔の出来事を思い出す。
「あの時、言えばよかった。」
「あんな言い方しなければよかった。」
心は眠りたいのに、
飲み込んだ言葉だけが、
夜勤を始める。
「飲み込む」には、
もう一つ意味がある。
理解することだ。
現実を飲み込む。
状況を飲み込む。
つまり人生とは、
納得することではなく、
喉を通す技術なのかもしれない。
苦い薬も、
噛めば苦い。
でも、
飲み込めば効き始める。
現実も少し似ている。
噛み砕こうとするほど、
「なんで?」
「どうして僕だけ?」
と苦味が広がる。
飲み込むということは、
負けることでも、
諦めることでもない。
今すぐ答えを出さない、
という選択だ。
熱いスープだって、
慌てて飲めば火傷をする。
少し冷ませば、
ちゃんと味が分かる。
人生もきっと同じだ。
理不尽な出来事も。
突然の別れも。
思い通りにならない現実も。
その瞬間は、
熱すぎて喉を通らない。
けれど、
時間という水が、
少しずつ温度を下げてくれる。
すると、
「あの日は最悪だった。」
と思っていた出来事が、
「あの日があったから今がある。」
へと姿を変えることがある。
経験とは、
出来事そのものじゃない。
飲み込めた現実に、
あとから付けられる名前なのかもしれない。
だから、
飲み込むことは弱さじゃない。
誰かを守るため。
未来を守るため。
今日は自分が折れよう。
そんな優しさもある。
ただ、
何でも飲み込めばいいわけじゃない。
財布を落としたのに、
「まあ、人生か。」
恋人に振られたのに、
「はい、飲み込みました。」
上司に理不尽を言われても、
「全部消化しました。」
……人間はヘビじゃない。
丸飲みできるようには作られていない。
心には、
許容量というものがある。
コップだって、
水を注ぎ続ければ溢れる。
人も同じだ。
飲み込むばかりでは、
いつか心があふれてしまう。
だから、
飲み込むことばかりを、
上手にならなくてもいい。
少しくらい、
言葉を外へ逃がしてあげよう。
弱音でもいい。
愚痴でもいい。
「助けて」でもいい。
言葉は、
飲み込むためにあるんじゃない。
誰かの心まで届くために、
口から生まれてきた。
飲み込まれた言葉は、
あなたの中で終わる。
伝えた言葉は、
誰かの中で生き始める。
面白いことに、
言葉は減らない。
渡した分だけ、
誰かの心で増えていく。
だから、
たまには遠慮を休ませて、
本音を一口。
心というレストランで、
一番おいしい料理は、
いつだって作りたてなのだから。
冷める前に。
あなたの言葉も、
誰かの心へ届けてあげてほしい🐽
ここまで読んでくださり、
ありがとうございました🐽✨
あなたの感想が、
次の物語を書くエネルギーになります。
コメントやスキをいただけたら、
僕は今日もブヒブヒ頑張れます🐷💪
また、別の物語でもお会いできたら嬉しいです🤝🌙



ビールは喉越しが良いなんて言うけど
大人が好んで飲むのも、
飲み込むことが上手くなったからなのかな
そんな日常の風景や所作を
深話にもっていけるチートン!!
そろそろ駄作も期待笑
倉庫と聞いたらなるほど!
大きい人もいれば、小さい人もいる。
飲み込んでも、出せないです💦
器のような気もしますが、目に見えないので、
配慮にも目を向けるようにしてみます😌