井戸の底に映る月
昔、一人の若者がいました。
家は貧しく、
毎日畑を耕し、
一日が終われば家族と食卓を囲む。
豪華な暮らしではありません。
でも若者は、
「今日もみんなで笑えた。」
それだけで十分だと思っていました。
ある日、
旅の商人が若者に不思議な種を渡します。
「これを植えれば、普通の作物より何倍も高く売れる。」
半信半疑で植えると大豊作。
若者は今まで見たこともないお金を手にしました。
「これで親を少し楽にしてあげられる。」
最初の願いは、
ただ、それだけでした。
翌年、
もっと儲けたいと思いました。
畑を増やし、
土地を買い、
人を雇い、
立派な屋敷を建てました。
村一番の成功者。
誰もがそう呼ぶようになります。
でも、
どれだけ手に入れても、
心は満たされませんでした。
屋敷の庭には、
子どもの頃からある古い井戸がありました。
昔は家族とその井戸を囲み、
水面に映る月を眺めながら笑っていました。
けれど今、
若者が井戸を覗くたびに考えるのは、
「もっと土地を。」
「もっと財産を。」
「もっと名声を。」
そんなことばかりでした。
ある日、
昔の友人が訪ねてきました。
「たまには一緒に飯でも食おう。」
若者は帳簿から目を離さず、
「忙しいんだ。また今度。」
と答えました。
その”今度”は、
二度と来ませんでした。
親からも、
「昔みたいに一緒にご飯を食べよう。」
と言われました。
「仕事が落ち着いたらね。」
そう答え続けるうちに、
親はいなくなりました。
気づけば、
屋敷は広くなったのに、
食卓は静かでした。
財産は増えたのに、
笑い声は減っていました。
何十年も経ち、
若者は老人になりました。
ある夜、
久しぶりに井戸を覗きます。
そこには、
子どもの頃と変わらない月が映っていました。
変わったのは、
井戸を覗く自分だけでした。
そこへ、
昔の商人が現れました。
「望んだものは手に入ったか?」
老人は静かにうなずきます。
「ほとんどな。」
「では、幸せか?」
その問いには、
答えられませんでした。
商人は井戸を見つめながら言いました。
「人は月が欲しくなると、
井戸に映る月を掴もうとする。
手を伸ばすほど水面は揺れ、
月は遠ざかる。」
「本当は、
最初から空を見上げればよかったんだ。」
老人は、
ようやく思い出しました。
最初に欲しかったのは、
村一番の金持ちになることではない。
親を安心させたかった。
家族と笑いたかった。
今日を少しだけ豊かにしたかった。
それだけだったのです。
でも、
欲しいものを増やし続けるうちに、
何のために頑張っていたのかを、
忘れてしまいました。
欲は、悪ではありません。
でも、
欲が目的になると、
人は最初の願いを見失います。
そして最後に失うのは、
お金でも地位でもなく、
「これだけで十分」と笑えていた自分なのかもしれません🐽
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